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長崎地方裁判所 昭和56年(ワ)274号 判決 1983年3月28日

原告 勝間暢雄

<ほか四九名>

原告ら訴訟代理人弁護士 森川金寿

同 佐伯静治

同 戸田謙

同 重松蕃

同 芦田浩志

同 柳沼八郎

同 尾山宏

同 新井章

同 高橋清一

同 雪入益見

同 北野昭武

同 藤本正

同 深田和之

同 谷川宮太郎

同 立木豊次

同 森永正

右訴訟復代理人弁護士 藤田康幸

被告 長崎県教育正常化父母の会こと 海老原美彦

右訴訟代理人弁護士 塩飽志郎

同 清川光秋

主文

被告は、原告ら各自に対し、それぞれ五万円及びこれに対する昭和五六年三月一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被告は、原告らに対し、長崎市内において発行する長崎新聞の社会面広告欄に、別紙一記載の謝罪広告を、見出し二〇級文字、本文一二級文字で一回掲載せよ。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、各原告に対し、それぞれ一〇万円及びこれに対する昭和五六年三月一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告らに対し、長崎市において発行される長崎新聞の社会面広告欄に別紙二記載の謝罪広告を全四段(三七・八センチメートル×四段)、見出し三八級文字、本文二〇級文字(但し原告氏名はゴシック体)で一回掲載せよ。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告らは、別表勤務校欄記載の各学校に勤務する地方教育公務員かつ、長崎県教職員組合(以下「県教組」又は「組合」という。)の組合員であり、被告は、「長崎県教育正常化父母の会」(以下、「父母の会」という。)なるものの責任者と自ら称する者である。

2  被告は、原告らに対し、次のとおり不法行為をなした。即ち、

(一) 被告は、昭和五六年二月初旬ころ、別紙三記載のとおりのビラ(但しB4版の一枚の用紙に印刷されたもの。以下、「本件ビラ」という。)約五〇〇〇枚を、当時原告らの勤務していた各小学校の児童に下校時手渡したり、当該校区内の各家庭の郵便受けに投函したり、あるいは長崎市内最高の繁華街である浜町の街頭で、通行中の一般市民に手渡したりして配布した。

(二) 右配布行為は、原告らを中傷誹謗する目的をもってなされたものであり、その結果、原告らは、名誉感情及び教員としての地域社会の信頼と評価を著しく傷つけられると共に、嫌がらせの電話がかかってきたり、葉書や封書が舞い込んだり、大日本鉄心会なる宣伝カーに自宅前で数十分に及びボリューム一杯のスピーカーで騒音をたてられたり、氏名を連呼されたりして、精神上多大の苦痛を受けた。

3  右不法行為により原告らに生じた損害の慰謝料は、それぞれ一〇万円をもって相当とする。更に、右不法行為により失なわれた原告らの信用を回復するためには、請求の趣旨記載の謝罪広告が必要不可欠である。

よって、原告らは、それぞれ、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、一〇万円及びこれに対する本件ビラ配布がなされ、原告ら全員の名誉侵害がなされたことが明らかな昭和五六年三月一日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払並びにその名誉回復のため請求の趣旨記載の謝罪広告を掲載することを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、同2(一)の各事実は認める。

2  同2(二)、3の各事実は否認する。

三  抗弁

1  本件ビラ配布の背景

(一) 通知表は、学校が子供の教科の学習のようす、学校における行動や性格の長短など、学校生活の状況を保護者に知らせて学校と家庭との連携をはかり、教育を効果的に行なうという重要な機能を担うものである。そして、通知表は、通常は一学年分の表簿に各学期毎に記入のうえ子供を通じて各家庭に配布され、新学期頭初には学校が回収し、そのようにして一学年間連絡し、第三学期終了の際には、学年課程の修了証明をも付して各家庭に交付されるようになっており、教育現場実務においては、年間スケジュールの大綱に合わせて月行事日程予定として作成時期が具体化され、各教師において毎学期終了の一週間前ころまでに指導要録及び通知表の原簿となるいわゆる「成績一覧表」が作成されたうえ、これにやや遅れて通知表の記入が行なわれて校長に提出され、校長において評定上の偏りや表現上の過誤等を査閲したうえ通知表を決裁し、終了式の日に各担任を通じて児童に渡されることとなる。

(二) ところで、通知表は、法定表簿ではなく、作成の様式及びこれと表裏をなす評定記載方法については、相対評価方式と絶対評価方式を両極として、論争点が形成されている。

ここに相対評価とは、五段階評価をその典型とする方式で、全体平均と標準偏差とに基づいて正規分布を数個に区分し、そうして得られた段階中のいずれに該当するかにより点数評定するものであり、この方式によれば、個人の特定集団内における相対的位置が明確になる。

一方、右相対評価方式には方法論上の疑問があるとし、また別途、評点化は子どもの差別、選別につながる危険があるとして批判し、子どもの個性に即して、「できる」、「もう少しでできる」、「もっとがんばろう」の三段階の評定とし、各教科につき家習内容を細分化した到達目標観点毎に記載しようとするもの、あるいは右三段階のランク付けにも疑問を呈し記述式をもって至当とする立場等がある。これらがいわゆる絶対評価方式と呼ばれるものである。

(三) 長崎市内の小学校においては、右の問題をめぐる論争が喧しく、西町小学校では、昭和五三年度第一学期に同校が過去五年間使用してきた三段階絶対評価方式の通知表を廃し、旧に復して五段階評価方式を採用することとしたため、絶対評価方式を支持する一六名の教師が記入済みの通知表を校長に提出せず、多数児童に通知表が手渡されないまま夏休みを迎えるという事態が発生したのを皮切りに、市内各所で同様の混乱が発生し、昭和五五年度、学習指導要領及び指導要録の改訂実施に呼応して、長崎市小学校校長会が相対評価、絶対評価両方式併用の通知表を作成するに至り、これを採用した学校で前同様の混乱が生じ、この様な異常事態が昭和五五年度三学期においてその極に達することになるが、本件ビラは、同年度第二学期末の混乱を契機として配布されたものである。

2  本件ビラ配布行為の違法性

(一) 本件ビラ配布行為は、公共の利益に関する事項たる右通知表問題に対する意見の表明である。

(二) そして、被告は、初等教育に関心を寄せる者として、小学校教育現場における右の混乱が児童に与える影響の大きさを慮り、これを回避すべく、そうでなくとも可及的速やかに終息させるためと、絶対評価方式を主張する教師の側にはこれを支授する全国的組織があり、また、一部父兄の熱心な支持がみられるが、相対評価方式についても、沈黙はしているが、これを支持する多数の父兄がいるものと確信し、なおその一部には絶対評価に対し積極的に否定する立場もあることを聞き知るに至り、右一部の父兄の声なき声を代弁し、また一般市民へ啓蒙する必要も感じ、本件ビラを配布したものであって、専ら公益を図る目的でなされたものである。なお、原告らの氏名を公表しているが、その人数は五〇名にのぼるものであり、また、「有害無能」との表現もあるが、これとて私行とはほど遠い教育公務員の教育現場での行動を指摘しての文言であり、右いずれにも人身攻撃の意図あるいは殊更な悪意はない。

3  右に述べた事情により、被告には、原告らに対する名誉侵害の違法性について故意又は過失がない。

四  抗弁に対する認否及び反論

1  抗弁1(一)・(二)の事実は認める。

2  同1(三)の事実中、長崎市小学校校長会が相対評価及び絶対評価両方式併用の通知表を作成したことは認める。

3  同2、3の各事実は否認する。

4  原告らは、いずれも日々の教育実践活動において、一人ひとりの児童の学習意欲を喚起し、その成長、発達を促すべく努力してきたものであるが、従来の教育評価が相対評価一辺倒でありすぎ、児童の学習努力を正当に評価せず、とかく児童の序列付けに傾きがちであったことに心を痛め、児童の持つ無限の可能性を損なわず、その自発的学習意欲を高める評価方法を模索し、その結果、相対評価方式より絶対評価方式の方が比較的望ましいとの見解を有するに至っているが、なお、これを唯一の正しい評価方法として固執している訳ではない。そして、原告らを含む多数の教師は、職員会議等で、よりよい通知表のあり方を求めて真摯な教育論議を積み重ねてきたものであるが、昭和五五年度第一学期の半ばに、原告らが勤務する七校を含む長崎市内三二校の校長は、校長会作成にかかる絶対評価、相対評価両方式併用の通知表(いわゆるD2案)を採用しようとした。これに対し、原告らの勤務校を含む二八校において、職員会議での事前の十分な討議を経ないで教育評価方式を変更するものであること、右D2案の絶対評価方式を採る各科目の観点別「達成状況」欄は評価基準として複数の単元が混在しており、これに単一の評価を与えることはできないこと、従前の評価尺度に代わる新しい評価尺度が作成されていないこと、右「達成状況」欄には「達成した」旨の印がつけられていながら、相対評価方式を採る「評定」欄に「1」や「2」がつけられることがあるが、それでは児童、保護者に混乱を招く恐れがあることなど多くの問題点が教師から指摘された。各校長は、昭和五五年度第一学期は右各問題点の指摘に対し柔軟な態度を示し、各教師が従前の評価尺度に基づいて評価し得る項目についてのみ評価、記入して提出した通知表を決裁したのであるが、同年度第二学期になると、すべての項目について評価、記入した通知表てなければ決裁しないという態度をとり、しかも相対評価については機械的に適用しない限り決裁しないとの態度をとり始めた。そのため、原告らの勤務校七校においては、原告らが従前の評価尺度に基づいて評価、記入の上通知表を提出したにもかかわらず、校長が右のような態度を固執して決裁せず、通知表の配布が遅延したのである。

被告は、右のような現場の事情や原告らの教育実践を知らず、また知ろうともせず、ただ教職員組合及びこれに加入している原告らに対する敵意に基づき、原告らを中傷、誹謗して原告ら及びその家族に精神的苦痛を与え、さらには「日教組をたたきつぶす」目的で、校長が通知表を決裁していないとの一事を基に、事実を歪曲して本件ビラを作成したものである。また、本件ビラの内容は、被告が収集した資料からは基礎づけられないものであり、右事実の歪曲は意図的になされたものである。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求原因1の事実及び同2(一)の事実(本件ビラ配布行為)は当事者間に争いがない。

そして、本件ビラの記載は、原告らが学校当局の採用した通知表の方式に理不尽な反対をして、校長に通知表の決裁を受けないで愚かな抵抗をしており、通知表も満足につけられず、権利ばかり主張して教育公務員としての責任と義務を忘れており、また、その教育内容もお粗末であり、教員として有害無能である旨をその内容とするもので、原告らを侮蔑し、原告らの名誉感情及び社会人としての信頼と評価を傷つけるものであることは明らかであるから、本件ビラの前記配布行為は名誉毀損行為に当るというべきである。

二  抗弁について

1  名誉毀損行為がなされた場合にも、それが公共の利害に関する事実に係り、主として公益を図る目的に出たものであり、摘示された事実が真実であることが証明されたときには、右行為の違法性は阻却され、不法行為は成立しないものと解される。

そこで、以下、本件ビラ配布行為が違法性の阻却される場合に該るかにつき検討する。

2  本件ビラ配布行為の背景

(一)  抗弁1(一)の事実(通知表の機能、通知表作成から児童への配布までの過程)、同(二)の事実(通知表が法定表簿でなく作成様式及び評定記載方法につき論争があること並びに相対評価及び絶対評価の意味内容)、同(三)の事実中、長崎市小学校校長会(以下校長会という。)が相対評価及び絶対評価両方式併用の通知表を作成したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

(二)  《証拠省略》によれば次の事実が認められる。

(1) 昭和五二年七月二三日小学校学習指導要領が改正され昭和五五年四月一日から施行されることとなり、これに伴い小学校児童指導要録も同年度から改訂実施されることとなったが、その内容は、評定の欄について従来は全学年につき五段階で評定するものとされていたが小学校第一・第二学年については三段階の評定を行うこととして欄の名称を観点別学習状況と改め、所見欄において学習指導要領に示す目標の達成状況を観点ごとに評価することとしたものである。

そして右記入上の注意として、評定を行う場合あらかじめ各段階ごとに一定の比率を定めて児童をそれに機械的に割り振ることのないよう留意すること、とされ、なお学校と家庭との連絡に用いられるいわゆる通信簿・家庭連絡簿等は、保護者が児童の学校生活の実情を十分に把握できるようにすることが目的であるから、それぞれの学校においては、児童の発達段階や学校の実情等を考慮し、適切な記載内容を定めることが必要であり、指導要録の様式や記載方法等をそのまま転用することは必ずしも適当ではないので、注意すること、とされている。

(2) 昭和五三年度第一学期に、西町小学校をはじめ長崎市北部の五校において、それまで数年続いた三段階の到達度評価(絶対評価)方式の通知表を廃し五段階評価(相対評価)方式を採用することとしたため、相対評価方式は子供を序列化し意味のない優越感及び意味のない劣等感に追い込むものとしてこれに反対する教師との間に通知表の交付をめぐって混乱が生じ、第一学期の終業式に児童に通知表を交付できないクラスができ、西町小学校では相対評価方式の採用に反対する父兄で組織する「西町小学校の通知表を考える教師の会」の人々が校長室に押しかけ抗議する場面等もあった。

(3) 昭和五五年六月中旬ころ、長崎市小学校校長会が前年度の通知表に昭和五五年二月改訂施行された新指導要録を適用修正し、新しい通知表の様式(D2案)を作成し、市内三二校で同年度一学期から右通知表が採用されたが、その内容は学習成績の評価につき、科目別の相対評価方式(ただし、第一、第二学年は三段階、三ないし六年生は五段階で評価)に併せ、各科目を二ないし六項目の観点に分け、それぞれの観点ごとに各学年各学期における具体的な達成目標(「学習のねらい」と称している。)を設定し、その達成度を絶対評価方式で評価するものであった。これに対して右三二校のうち二五校で担任教師の間から右達成目標中にはそれぞれ独立した異質の単元が複数混在しており、これらを押しなべて単一の評価をするのは無理であるといった反対の声が上がった。

その後各学校で職員会等でこの問題が討議されたが意見の一致をみず、ただ多くの学校では、校長と担任教師との間で今回は研究期間も十分でなかったとして双方が妥協し、担任教師側では校長案を受け入れ五段階評価欄を記入する、校長としては到達度評価欄に記入のないもの及び五段階評価欄に「1」の評点なしを認める、との形で一応の解決が計られたが、小島小学校等四校については同年七月一九日までに右対立の解決に到らず、通知表が児童に交付されぬまま夏休みに入るクラスが生じた。そして右四校では、三校が同月二一日に、最後の小島小学校のクラスが同年八月二一日に前同様の解決がなされ、通知表が児童に交付された。

(4) しかしその後も校長と教師との間で右通知表をめぐる話合いは進展せず、同年九月末頃校長会は到達度評価のための統一テスト問題を作成しその使用を求めたので、教師側は右統一テストは各教師の授業内容をも左右するものとして反発し、また校長側は第一学期と異なり通知表の到達度評価欄等記入のないものは認めないとの立場をとったため、対立のたまま第二学期を迎え、同年一二月二四日の終業式において再び八校六二クラスで通知表を児童に交付することができず、担任教師のおわび状を児童に持たせて帰すという事態を生じ、翌昭和五六年一月八日の昭和五五年第三学期開始時に至っても、七校五六クラスで未だ通知表が交付されていない状態であった。

(5) 右昭和五五年度の通知表問題をめぐる第三者の動きとしては、同年七月一八日小島小学校の父母一一人が従来通り三段階絶対評価の通知表を使用するよう申入れ、同年八月六日「通知表を考える市民連絡会」は長崎市教育委員会(以下「市教委」という。)、校長会、長崎県教育委員会(以下「県教委」という。)の三者に対しこの問題についての見解を問う質問書を提出し、同年一二月二〇日には長崎県PTA連合会は県教委、市教委、県教組に対し、通知表をめぐる混乱の防止について要望し、昭和五六年一月一一日には、本島長崎市長が二学期の通知表が未だ交付されていない前記七校校長、市教委、県教組に対し、通知表問題の早期解決を求める異例の要請を行うなどし、この間新聞の投書欄等で市民や関係者の通知表問題についてのさまざまな発言がなされた。

3  被告の本件ビラ作成、配布の目的

(一)  《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(1) 被告は本件通知表問題の関係当事者という訳でなく、また、原告らと個人的な利害関係を有するものでもないが、かねてから政治問題一般に強い関心を抱き、教育問題についても街頭演説などの言論活動をしていた。

昭和五三年七月二〇日頃、被告は、前記西町小学校等で第一学期の終業式に児童に通知表が渡らないクラスが出たことを聞知し、以来、通知表問題に関する資料を収集し、これが教職員組合の指示の下に組合所属の教員がする学校当局に対する抗争によるものであるとの認識の下に教職員組合及び前記教職員組合所属教員に対する批判的態度を固めていた。

(2) 本件ビラ作成に際しての被告の事実の調査は、原告らの所属学校氏名、住所、電話番号については県教委発行の教職員録により、担任クラス名及び通知表が交付されていない事実については下校時の児童や父兄に対する質問によるものであるが、その他はマスコミ、出所不明の文書並びにうわさに基づくものであり、原告らの人格又はその教育実践については勿論、本件通知表問題に係る原告ら個々人の具体的言動について原告ら各本人又は関係当局に対し関係事実の有無を確認したことはない。

(3) 本件ビラの作成名義人となっている「長崎県教育正常化父母の会」は被告の外に構成員がいるわけではなく、また被告自身関係学校の児童の父母でもなく、団体としての実体のないものである。

(4) 被告が本件ビラに原告らの住所及び電話番号を記載したのは、かつて昭和五四年頃西山台小学校長が約五〇〇通のはがきによる非難攻撃を受けたことがあるので、これをまねたものである。

(5) 被告は朝日ジャーナル昭和五七年二月二三日号誌上において「さあ、今こそ日教組を叩きつぶす絶好のチャンスです。」と発言し、本件ビラ配布もそれを目的とする行動の一つであることを当法廷で自認している。

(二)  本件ビラは、前記2の背景のもとに通知表をめぐる学校教育問題についてのものであるから、公共の利害に関するものと一応はいえよう。

しかしながら、①本件ビラの記載内容は別紙三記載のとおりであり、前記2の(二)(1)ないし(4)認定のとおり相対評価方式に対する反発に始った混乱は校長会作成の相対評価方式プラス絶対評価方式の通知表(D2案)に対する批判へと発展していることについて、現在いかなる点につき対立がありその原因はどこにあって誰がその責を負うべきか等については何らふれることなく、いぜんとして相対評価方式対絶対評価の問題としてのみ記述されていること(真実は前記認定のとおり原告らの多くは不完全ながら相対評価方式部分は記載しむしろ絶対評価方式の記載についての対立が問題となってきている)、②前記3の(一)(2)認定のとおり、通知表不交付の事実の外原告ら個々人の本件通知表問題に係る具体的言動については何ら事実の調査をすることもなく原告らが県教組の組合員であるとの認識(右認識の根拠は明らかでないが、右事実は当事者間に争いがない。)から、マスコミによる情報を十把ひとからげに原告らの行為と結びつけ有害無能とまできめつけ人格に対する非難攻撃にまで及んでいること、③前同(3)認定のとおり文書作成者として自己の氏名は勿論責任者の記載もない何ら実体のないいわば架空の団体名義を用いていること、④前同(4)・(5)認定事実にみられる被告の意図、以上を総合すると、本件ビラは、組合に対する批判的態度をとる被告の思想・信条を世に訴えようとする動機も含まれていたことは否定できないが本件ビラの組合所属教師に対する非難は、その言動に論理的な反駁を加えるというより、「ケチをつけて反対」「屁理屈をこねて」「愚かな抵抗」「教育権だ評価権だと次々に新型の用語を造り出す権力亡者」などの表現で専ら揶揄誹謗するもので被告の組合教師に対する反感ないし敵意の表出というべきものであって、到底主として公益を図る目的の下になされた公正な論評ないし真摯な意見の陳述ということはできない。

4  したがって、その余の点について判断するまでもなく、本件ビラ配布行為につき違法性阻却の主張は理由がない。

三  本件不法行為により原告らに生じた損害について

1  《証拠省略》によれば次の事実が認められる。

(一)  原告らはいずれも、本件ビラ配布後、学校においては担当クラスの児童らより、住所地においては児童の父母や隣人等より、本件ビラの内容につき質問を受け、或いは誤解を受けて困惑している。

(二)  また、原告らの中には深夜などに匿名の非難攻撃の電話や、受話器を取ると無言のまま電話を切るような明らかにいやがらせの電話がくり返しかかってきたり、「御存知ですか!!長崎県教組の『有害教師』、「我々に反対する者はすべて敵として斗う」、「無能先生は再び氏名公表!!厳重なる行政・懲戒処分の糾明処断を!!」、「日教組の即時解体」、「『日教組に入らない』『日教組を脱退する』先生を支授しよう!!」、「無能先生は再び氏名公表!!」などの印刷文字による記載のある差出人名の記載のないはがきが舞い込んだり、勤務校や自宅付近に大日本鉄心会なる宣伝カーがやって来てスピーカーのボリュームを一杯に上げて「○年○組○○○○」又は「町内の皆さん、ここに住んでいる○○は……」等と原告らの氏名等を連呼され、或いは留守居の家族に対してまで非難の宣伝をされ、これらの脅迫的非難攻撃に不安な毎日を送っており、未だこれらの電話、はがき、スピーカーによる直接的非難攻撃を受けていない原告らも、右事実を知りいつ自分の方も攻撃を受けるかと落着かない気持で毎日を送っている。

2  本件ビラの内容が原告らの名誉感情及び社会人としての信頼と評価を傷つけるものであることは前記一項説示のとおりであるが、原告らが聖職とも言われる教育に携わる者で、その教育の対象が未だ社会的批判能力も十分でない小学校児童であること、教育には児童及び保護者との信頼関係が教育効果の上で特に重要であること等を考えると、本件ビラ記載の内容が広範囲に周知せしめられたことによる直接的な原告らに対する、名誉侵害はきわめて重大であると言うべきである。

加えて前記認定の電話、はがき、スピーカーによる非難攻撃は直接的には被告以外の者の行為ではあるが、本件ビラ配布に起因するものであることは明らかであり、かつ被告はかかる事態の発生を予想し少なくとも予想しなかったことに過失あるものというべきであるから、これらによる原告らの精神的損害も被告の本件不法行為(ビラ配布行為)に基づくものということができる。

3  以上を総合すると、被告の本件不法行為により原告らが蒙った精神的苦痛に対する慰謝料は、それぞれ五万円が相当と認められる。

なお、前述のとおり本件ビラが昭和五六年二月初旬に配布されたことは当事者間に争いがなく、右損害が同年三月一日には既に発生していることは明らかである。

4  更に、本件ビラの内容、配布された枚数、場所、原告らの社会的地位などに鑑みれば、原告らの名誉回復の措置として、なお長崎市内において発行する長崎新聞の社会面広告欄に別紙一記載の謝罪広告を、見出し二〇級文字、本文一二級文字で掲載することが必要であると認められる。

5  よって、本訴請求は原告ら各自に対し、それぞれ五万円及びこれに対する本件不法行為により損害の発生したことの明らかな昭和五六年三月一日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払い並びに長崎市内において発行する長崎新聞の社会面広告欄に別紙一記載の謝罪広告を見出し二〇級文字、本文一二級文字で掲載することを求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を適用し、仮執行の宣言については相当でないからこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渕上勤 裁判官 米田絹代 川添利賢)

<以下省略>

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